先日インターネットの某サイトトップページを見ていたら「ネット空間」という言葉が目に入り、頭の中に「ネット空間」という言葉が繰り返しテロップのように頭の中に流れて、急に思いついたこと。
ネット空間、サイバー空間、仮想現実空間、今までもずっと言い尽くされてきた言葉で、誰もがそれが物質的には存在しない空間であることを知っている。それについて今更突然思うことが出てきました。
ネット空間というのは、物体的に存在しておらず、何か塊状になっているわけでもなくビルディングになっているわけでも無い。テーマパークになっているわけでもない。だけれどもそれを空間と呼ぶ。
映画「マトリックス」とか「アバター」のように、自分の身体をどこかに置いてきて、身軽になり精神だけになった自分が彷徨い出る場所、そこがネット空間と呼ばれる場所で、そこには同じようにして集うたくさんの人たちがいる。
アバターのように仮の姿になっていても、そこに人間が沢山集っているなら空間と呼んでしまう。つまり空間とは、人の群衆が作り出すものなのだろうか。群衆の動きが空間性を形作るという考えは一つにはあっていいとは思うけれど、これがすべてとは思えない。
群衆が作りだす空間には壁があるわけでもなく天井があるわけでも無く、光が差し込んだりは絶対にしない。美しさすらない。
私が、ネット空間に対して持つイメージは、アリの巣とか、引っ張ったら芋づる式に地面から出て来るじゃがいもやさつまいものイメージだったり、スラム街のように混沌としていて一度足を踏み入れたら帰って来れなくなるような危険で汚くて安全が保障されない場所といった、アンダーグラウンドで不健全な悪質な場所というイメージがしています。あるとしたらそういう空間性があると思う。
ネット空間、サイバー空間、仮想現実空間、今までもずっと言い尽くされてきた言葉で、誰もがそれが物質的には存在しない空間であることを知っている。それについて今更突然思うことが出てきました。
ネット空間というのは、物体的に存在しておらず、何か塊状になっているわけでもなくビルディングになっているわけでも無い。テーマパークになっているわけでもない。だけれどもそれを空間と呼ぶ。
映画「マトリックス」とか「アバター」のように、自分の身体をどこかに置いてきて、身軽になり精神だけになった自分が彷徨い出る場所、そこがネット空間と呼ばれる場所で、そこには同じようにして集うたくさんの人たちがいる。
アバターのように仮の姿になっていても、そこに人間が沢山集っているなら空間と呼んでしまう。つまり空間とは、人の群衆が作り出すものなのだろうか。群衆の動きが空間性を形作るという考えは一つにはあっていいとは思うけれど、これがすべてとは思えない。
群衆が作りだす空間には壁があるわけでもなく天井があるわけでも無く、光が差し込んだりは絶対にしない。美しさすらない。
私が、ネット空間に対して持つイメージは、アリの巣とか、引っ張ったら芋づる式に地面から出て来るじゃがいもやさつまいものイメージだったり、スラム街のように混沌としていて一度足を踏み入れたら帰って来れなくなるような危険で汚くて安全が保障されない場所といった、アンダーグラウンドで不健全な悪質な場所というイメージがしています。あるとしたらそういう空間性があると思う。
ではそういう仮想空間が一方であるとして、現実の目に見える我々の居住空間や建築が作り出す空間性というのは何なのだろうかということになる。最初に考えたのは、我々の知覚が「空間」を勝手に作り上げている可能性があるのではないかということ。目印のようなもので人間の知覚をいとも簡単にだますことができる。簡単に何らかの特性を携えた空間がそこにあると信じ込ませることができる。でもこれはあまり好ましい手法ではないと思うし、実際のところ現代建築はこのような小手先の空間操作術に甘んじているとも言える。
先程のように人の動き方や群衆の流れ方が空間を形成していると考えることができて、これが空間性を生んでいるというのは真実だろうと思いますが、どうやらそうでない現れ方の空間もあるようです。
何かによって指し示される空間がある。何か手掛かりになるような物、身体性に属するアイテムをいくつか使うと空間性が開けてくるという考え方がある。
先程のように人の動き方や群衆の流れ方が空間を形成していると考えることができて、これが空間性を生んでいるというのは真実だろうと思いますが、どうやらそうでない現れ方の空間もあるようです。
何かによって指し示される空間がある。何か手掛かりになるような物、身体性に属するアイテムをいくつか使うと空間性が開けてくるという考え方がある。
このソースはフランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティなので、その著書を読むとわかるのではないかと思います。なぜそんな面倒なの読むのと聞かれたら、それが専門だったためと答えておきます。
詳細についてはまた出直します。また今度。
詳細についてはまた出直します。また今度。