Qu'en pensez-vous?

空間について考えます

橋の虚構性と境界性について、能を例にとり考える

原広司さんの「集落の教え100」の[94]が橋となっています。書籍中には、「橋は道であると同時に門である」とあり、橋が閾であり、境界に関わるものであることが書かれてあります。
同じく原広司さんの「ディスクリート・シティ」では連結可能性と分離可能性について書かれてあります。書籍中では、建築とは「物ではなく出来事である」というお話が展開されています。お話の中での例はドアなのですが、実験住宅モンテビデオでは連結可能性、分離可能性に関して、橋のようなもので二つの棟を繋ぐといったことで表現される建築が提案されているように見えます。よって橋というものは中間領域とみなされ、フィクショナルで建築的に有益な要素であるという取り扱いがなされていると思います。

フィクショナルと書きましたが、実際に虚構の世界を例に挙げてみると、橋が重要な意味を持つフィクションの一つとして能楽が挙げられるかと思います。能舞台にはその構成要素として橋が含まれています。本舞台・横板と揚幕との間にある空間が橋掛かりとなります。
能を見たことのある方はお分かりと思いますが、この橋掛かりを、シテ方ワキ方が信じられないくらいのスローモーションな動作で、ゆっくり、ゆっくりとすり足で移動して行きます。登場する時も恐ろしくゆっくり、退場する時もまるでカタツムリ並みのスピードです。演目によっては、揚幕の方に行く振りをしてしばらく橋掛かりの上に留まり所在なく行ったり来たりしていることすらあります。
ただ、このゆっくりさは、実際には、あれだけの重い装束を身にまといながらのスローモーションな活動ですので、相当の筋力が無ければできない技量だろうと思います。そうした観点から、あの橋掛かりを往来する登場人物の挙動とその所作の美しさをじっくり見ることも実は大きな鑑賞のポイントと言えるかと思います。まさに橋掛かりは、見られるためにあるものです。本舞台でのシテの舞よりも、橋掛かりでのシテの動作の方が見物とも言えるかもしれないほどです。

もし、実際に、私たちが現実生活において、能のようなゆっくりとした動きをするとしたらと考えると、インフルエンザにかかって38℃~39℃台の熱が出ている時という以外には考えられません。インフルエンザA型に罹患した時などは体の節々が痛み、悪寒がし、立っているのもやっと、息も苦しく胸は焼けるようで、ゆっくりとすり足で一歩ずつしか歩けません。私たちが、能のあのカタツムリ並みのスピードで生活するのは、インフルエンザをはじめとする高熱が出る病気になった時だけです。しかし、このゆっくりさが、やはり見るに値するのです。ゆっくりな動きが、インフルエンザという病気の恐ろしさを表現するように、能のゆっくり過ぎる動きも、何らかの意味を表現しているに違いありません。

能の橋掛かりでのシテの動きは、一瞬世界中の時間が止まったように感じさせるものです。「時間」を感じさせてくれます。

よく能に関する書籍中では、能とは「間」であると言ったことが語られます。「間」というのが一体何なのか私は良くわからなかったのですが、私は能のゆっくりした動作から「時間」を感じることができるという感覚を得ています。
私が能を見た時に感じる「時間」と、解説書に良く出て来る「間」とが同一のものかどうかは果たしてわかりません。しかし、時間の流れが静止したように感じることを「間」と呼ぶならばそれは同一の出来事なのかもしれません。間というのは一種の空間的感性と呼応するものではないかと思われます。時間は目に見えないものなのだけれども、時間の流れが「間」となることによって可視化できるものとなるのではないのでしょうか。つまり、橋掛かりの上で、時間が「間」と化し、空間的に時間が目に見えるものへの変貌していると考えることはできないでしょうか。
ゆっくりとした動作によって、時間が空間的に目に見えるものとなって橋掛かりの上に出現しています。

このように、橋とは、何らかの出来事を出現させることのできる空間であり、同時に外部から見られるべき舞台としての意味合いを持つものであると言えるかと思います。二つの領域を連結するその中間領域で、何らかの出来事が誘起し空間を伴ってその場を占拠します。とすると空間とは、出来事を内包した流れゆく時間を一定スパン兼ね備えたものでなければならないもので、そのことが、かの「様相」と結びついて行くのかもしれません。

「境界 世界を変える日本の空間操作術」監修 隈研吾 - Qu'en pensez-vous?

「集落の教え100」原広司 著 彰国社 - Qu'en pensez-vous?

『ディスクリート・シティ』 原広司 - Qu'en pensez-vous?

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