中村拓志 微視的設計論 現代建築家コンセプト・シリーズ6 LIXIL出版
若手建築家中村拓志さんの、空間に関する小論と、建築作品集が合わさった本です。
中村さんの経歴は明治大学の建築出身、隈研吾事務所出身で、受賞歴多数。
建築書籍のフェアをやっているのを見つけて、若手のデザイナーの方々の本がズラリと並んでいる中から迷わず中村さんの本を手に取りました。他の、より著名な若手の方々の本には目もくれず。というのは、旧ブログをやっていた頃読んだ、中村拓志さんの「恋する建築」という本の印象が非常に良かったため心に残っていました。「恋する建築」では、中村さんが、どのようなものを美しいと感じるかについて主に書かれてありました。
この「微視的設計論」、非常に内容の濃い1冊です。空間や建築についての刺激的な記述で溢れており、このような本には久々に出合えたという感じです。
目次は
1身体
2物質
3自然
4社会
となっていて、最も良かったのは4の社会でしょうか。造語と思われますが、「共身体感覚」や「身体共振」という言葉が出てくるあたりの段落は、内容的にすごいものだと思います。社会の章に書いてあることは一つ一つのキーワードが示唆的で、今後の展開を予感させます。「リズムの共有」あたりは特にすごいと思いますし、将来性というか、今後の可能性がどんどん開けてきそうな予感がしてくる部分です。
1身体2物質3自然も、文章を読み、作品の写真を見ていると、一見、感性だけで動いているかに思えるのですが、そうではない。現実的というか、経済性、そして構造計算と、身体性などの意匠的な部分を上手く融通を利かせられる力量のある建築家だということがわかると思います。なかなかそういうことは難しいのではないかと思うのですが、感性の面で突出しているのに、技術面と表裏一体のデザインにまとめることができるというのは、すごい腕前のように感じるのですが、これは普通のことなのでしょうか?通常、建築家の方々は普通に難なくこなしてしまうことなのでしょうか?
1身体から読んでいくうちに、だんだん不思議な感覚に陥ってきます。すごく不思議です。非常に感性の強い建築家さんであるという印象を受けます。ただ、感性だけでなく、データを取って動線や挙動の研究や、光の反射のシュミレーションも綿密にされているということで、そのあたりが感覚的な領域の裏付けをきちんと添付しているということで説得力があります。人間の知覚を設計に上手く応用しているあたりが、新しい試みのように感じます。
一建築ファン、一建築ウォッチャーの立場から見て、建築界においては光の操作が上手い建築家ほど成功するのではないか、とも思ったりするのですが、その点、中村さんは、採光の設計が非常に卓越しているのではないだろうかと思えます。光のチューブなど、その他この本の中で紹介されている建築すべてで、採光の手段に独自性がみられるのではないかと思います。
他に言えることとしては、壁面に独特のテクスチャーがありますね。これに関しては、私は個人的にあまり好みのテクスチャーではないかもしれないけれど、なんとなく古ぼけた感じというか、特徴的な不思議な質感があるように見えます。少なくとも写真では。
一つだけ、クエスチョンマークが付くとしたら、ふるまいと建築の相互作用、というところかなあと思います。人の日常的な動作の3D分析によって得られた反復的振る舞いに従って、不要な空間をそぎ落とした、というあたりでしょうか。
私は、「余白」って意外にものすごく大事な空間的意味があるのではないかと思ったりもします。データを取ってみるとそのように動いているから、動きが無かった空間をカットすると、今度は、人間は、またその新たな空間内でまた別の反復動作をし始めたりはしないのだろうか、という疑念が湧き上がって来ないでもありません。考えすぎでしょうかね?
しかし、全体的に、この本はすごいと思います。それに、読んでいて、なぜか異常に消耗します。他の建築家さんの本を見ていて、神経が磨り減るほど消耗したことって一度も無いのですが、中村さんの論文や作品を見ていると魂を吸い取られるかのように消耗する感じがあります。これは一体何なのでしょうか。自分がいつも使っていない感受性がフル回転させられている感じがします。よほど、自分が普段、感受性を怠けさせているということを思い知らされますし、まだ自分の感受性が完全に腐りきっていなかったことがわかって良かったとも思います。
ものすごく人間の感受性に訴えかける作品を作る建築家さんなのだと思います。こういうタイプの建築家さんは、これまでいなかったのではないでしょうか?わかりませんが。ものすごく、訴えかけるものが強いです。
実験的で、野心的。今後のご活躍が一層期待されます。中村さんの建築は今後も要注目です。