Qu'en pensez-vous?

空間について考えます

伊東豊雄さんの「日本語の建築」を読みました

「日本語の建築 空間にひらがなの流動感を生む」
伊東豊雄 著   PHP新書

建築家の伊東豊雄さんによる新たな提唱、日本語の空間、日本語の建築、という方向性に至るまでの過程が綴られた本となっています。「中野本町の家」など初期の建築についても書かれていますが、ここ10年くらいの間伊東豊雄さんがどのような仕事に携わって来たかについて良く書いてあるように思います。平易な語り口で、特に建築に興味がない人でも、誰でもが理解できる内容となっています。

多くの方々の関心は新国立競技場B案のことなのかもしれませんが、やはり東日本大震災の時に伊東豊雄さんがつくられた「みんなの家」についての話と、くまもとアートポリスの関係での、熊本地震発生時の伊東豊雄さんのご活躍のお話のあたりが、注目して読まれるべき部分なのではないかと思いました。
元々あった繋がりを生かして仮設住宅の配置計画や熊本版みんなの家を作るといったことは、関係性とかご縁というものが緊急時には特に重要になってくるということでもあるし、東北と熊本、両方に伊東豊雄さんが関わられていることが何やら運命めいているとも感じる部分でもありました。

この本の中で私が最も興味深く思い、不思議な感覚がしてきたのは62頁「人にとって必要な空間とは何か」(第二章「管理」と「経済」の高く厚い壁)で書かれていること。
避難所ではプライバシーが保たれないので、皆さんきっとパーティションなどが欲しいんだろうと思うけどそうではなく、むしろ人と話をすることで不安が取り除けるという考えを持っていた、というあたり。
(マスコミの報道では、避難所生活はプライバシーが無いので車で寝起きする生活が続きエコノミークラス症候群になるという話がほとんどだったように思いますが、それは都市部から来た記者の見解だったのでしょうか?プライバシーを守りたい人もいればそれほど気にしない人もいるということでしょうか。)
都市に住んでいる人たちは、プライバシーが守られることを優先事項として考えるけれども、地方の高齢者の方々にはあまりそれは重要視されることでは無い、ということで、特に建築家のような近代主義的な価値観で生きている人種と、地方や農村の中高年の方々とは考え方に乖離があり、望むもの求めているものが違うのだ、ということなのだと思います。そういった話が目から鱗と言うか、そう言われてみればその通りと思いますが、読んでいて何か不思議な感覚に陥った部分でした。

・・・とすると、一体何なのでしょう。価値観の違い。建築や空間デザインなど、そういったある種生き馬の目を抜くような世界での出来事と、一般の人々が本当に望んでいる生活とがまったくかけ離れているものということになるとしたら、一体何をやっているのかということになりはしないでしょうか。実際、都市生活を送っている人でも、隣人の顔すら見たことない生活は嫌だと思っている人もたくさんいるかもしれません。もっと温かい人の繋がりの中で生きたいと思いつつ都市生活を送っている人もたくさんいるかもしれません。均質空間という建築空間の構造上、それは人々が本当は求めている空間を反映してはいないものであるにも関わらず、プライバシーの保障と称し生産性汎用性に優れた孤立空間を次々と作り出すことを容認する状況が続いています。誰も望んでいない空間が世にはびこっていると考えたら、それは恐ろしいことだと思いました。

ただ、大衆迎合主義/ポピュリズムは誤った方向に行きかねないため、やはりこういうものが良いものであると、善き物、美しき物を世に啓蒙し行き渡らせること、それが建築家やデザイナーが果たすべき本来の役割と考えることもできるのではないかと思います。その兼ね合いのところだと思うのですが、どうも上手く行っていない状況が依然として継続しているようです。しかしそこはやはり建築家が主導権を握って、大衆迎合しない方向で、美的空間や適切な空間性を追求することが必要なのではないかと思いました。

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