Qu'en pensez-vous?

空間について考えます

少々理解が進んだ「様相」

前回、様相についてはわからないので解説できないと書きましたが、それがいろいろ調べているうちに、前よりかはわかってきました。立場的には知っていなければ恥ずかしいことだったかもしれませんが、手持ちの哲学書を読んでいるうちに多少は一体何のことを言っているのか、わけが分かってきました。
様相論理学のことですね、様相とは。ようやくわかりました。
様相という訳語もこれで十分定着しているようですので、不自然さは無視して進みます。

さらにわかったことは、「非ず非ず」について書いた記事がありましたが、存在論的に読むと記事通りの内容で確かに合っているようですので正しいですが、追記で書いたこともまた正しい可能性も出てきました。多値論理学というもので説明できるものなのかもしれませんが、多値論理学はまったくわかりません。
ただ「非ず非ず」を存在論一本で読み倒すこともしようと思えばできます。本質存在・事実存在を両方とも包括するような、始原の存在というものもあるようですので、それを使えば、文中で「後出しじゃんけんみたいで気持ち悪い」と書いたあたりのことの解決となりうるかもしれません。
さらにこれは言い訳ですが、私たちの世代ではもう論理学が必修から外れていたため、論理学を学んだ経験がありません。しかしまったく経験がなかったわけではなく、確かにデカルトの先生から教わりました。その程度です。さらっとしかやっていません。しかし、今回インターネットやら、手持ちの哲学書を調べているうちに何のことかがわかってきました。しかしまだ自分の言葉で書き起こせるほどではありません。もう少し詳しくわかってきたら様相についてバッチリ書きます。
ただ今回初めて気が付いたのは、ヘーゲルは意外と進歩的だったということ。昔は「精神現象学」など読んで、変なこと考える人だな~としか思いませんでしたが、それが「客観的存在論的様相論である」と解説系の哲学書で読んだとたん、途端に合点が行きました。そういうことだったのですね。やっと意味がわかりました。変だ変だと思いながら読んでいても、ひょんなことがきっかけとなって突如として理解が進むものですね。

しかし、やはりさすがだと思いました。原広司さんのご職業は建築家であって哲学者ではないにも関わらず「様相」が重要な概念であるとお気付きになる点がすごいです。様相は、初歩的な哲学学習者向けにはそれほど重要と言って教え込まれるような概念ではありません。

今、手元に置いて見ているのは、原広司さんの「集落の教え100」の補注の5様相のところと、もう一つ、これは建築雑誌からコピーしたものですが、「様相と経路」という横書きのテキストがあります。このテキストに読解のためのノートとして各時代の哲学者による様相概念について書かれたものがダダーッとあります。これはすごい、と思ったので、大昔にコピーを取って線を引きながら読んだまま、その後は良く追求もせずに放置していました。

まあでも、何と言えば良いのでしょう、これを建築が専門の方々に読んで理解せよ、というのはかなり酷な話かもしれないと思います。

元々哲学の知識がある人対象でなければ、これを読めというのはあまりに酷だと思います。
哲学的な事象を考えるということは、目の前に見えない事柄を見えているかの如く頭の中に構築して思考できるかどうかにかかっていますが、その作業がが得意な人と苦手な人がどうしてもいますので、すべての人が理解できることではないと思います。

ただ、ヨーロッパでは哲学が高校の必修科目になっていたり、フランスではバカロレアの試験にどうしても哲学の試験があるので、分野別出題とはいえ、すべての若者が哲学を学ばなければなりません。しかし日本では哲学教育の土壌がそもそも無いので、まったく免疫が無い人もたまにいて、「何でそんなことを考えなきゃいけないんだ。哲学というものが嫌いだ」と怒り出す人までいます。かなり高い割合でいます。哲学を下等学問扱いする人たちが。旧ブログ運営時にそのようなコメントを頂きましたし、お金が好きな知人も哲学を忌み嫌っています。哲学をしたってお金は儲からないので確かに何の得もありません。(ただ一人得をしたタレスという人はいますが。先物取引の考案者です)

それはさておき、本日の記事で一体何を書こうとしたかといいますと、建築家原広司さんの「集落の教え100」の補注の5様相についてです。

出て来る用語にそれぞれ出典がありますので、どの哲学者から引いてきた用語なのかを書いておきます。これを明確にするだけでも哲学を知らない方々には助けになるはずです。
補注の5様相で、パースについてはちゃんと書いてありますが、それ以外、前回の記事「可能態、現実態、の取り扱いについて その1」にも書いたように、可能態・現実態はアリストテレスが引用元です。
「可能世界」とありますが、これはライプニッツです。

ただ、私が持っている本の中では、可能世界論の解釈はまだ未確定らしきことが書いてあります。元は中近世のライプニッツが言ったことなのだけれども、20世紀中に再び活発になされた議論らしく現在進行形のようです。
こんな感じで、原広司さんのお話は、たくさんの哲学者の概念が一度にコラージュ状態で出て来るのでややこしいのです。

「非ず非ず」を西洋の言い方に置換してみると? - Qu'en pensez-vous?

可能態、現実態、の取り扱いについて その1 - Qu'en pensez-vous?

「集落の教え100」原広司 著 彰国社 - Qu'en pensez-vous?

広告を非表示にする