Qu'en pensez-vous?

空間について考えます

竹中工務店による、名古屋市営金城ふ頭駐車場

名古屋市営金城ふ頭駐車場

設計施工 竹中工務店

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レゴランド最寄りの駐車場。

壁面緑化されている点で、以下の記事の建築と共通点があります。↓

竹中工務店による、EXシアター六本木 EX THEATER ROPPONGI - Qu'en pensez-vous?

 駐車場には見えない抜け感のあるデザイン。軽やかさを感じました。

竹中工務店による、EXシアター六本木 EX THEATER ROPPONGI - Qu'en pensez-vous?

KITTEの屋上庭園(三菱地所設計による、JPタワー&KITTE) - Qu'en pensez-vous?

パリのノートルダム大聖堂 - Qu'en pensez-vous?

ルーヴル・ピラミッド - Qu'en pensez-vous?

台北101 - Qu'en pensez-vous?

内藤廣さんの、とらや工房 その1 - Qu'en pensez-vous?

個室についての考え方、書斎やスタディルームを独立して設けるべきか

この頃、住宅における個室とか寝室とか、子供部屋についてどう考えれば良いのかということが頭の中を占めています。

例えば、子供部屋って、ベッドがあって勉強机があって本棚があって、というのが一般的に思いますが、部屋は寝室として使うだけのものにしてしまって、書斎やスタディルームを別室として設けた方が良いのではないかという考えが今頃湧いてきて、理想の間取りについての空想が次々思い浮かんでは消えていく毎日です。

キッチンダイニングリビングルームの中にスタディスペースを作って母親の目の届く場所でリラックスして勉強するのが子の学力が向上する鍵であるというのが、近年広く知られるようになったことではないかと思います。子供が小さいうちは親の目の届く場所で勉強するのが良い影響があるのは事実だと思うのですが、子供が大きくなると、やはりより集中するためには個室に籠もって勉強するようにしないとどうにも勉強量が追いつかない状態になって来るのではないかと思います。
塾や予備校の自習室に子供を通わせるという手段はあるものの、自習室もかなり早い時刻で閉室となりますので夜遅くまで勉強できずに困りますし、自習室に長時間「監禁」状態となると精神的に辛く感じる場合も出てくるため、やはり自宅で就寝直前までリラックスして勉強できるスタディルームがあると安心ではあると思います。

そこで、もう個室は寝室や物置き場として使うだけにして、家族全員が共用できる書斎兼スタディールームのようなものがあると、かなり便利になるのではないかなあと、この頃考えています。

『くうねるところにすむところ 04 家族をつくった家 芦原太郎』を見てみました - Qu'en pensez-vous?
上記記事の本の中で、芦原義信さんの住宅が後年書斎だらけになった、とか、サウナルームを勉強部屋として使用した、など、ライフステージに応じで住宅を変化させて生活して来た様子が良くわかったので、住宅はより柔軟に変化できるものであるとに良いのになあということを初めて思いました。

現在の当家の状況では、書斎兼スタディルームに皆が籠らなければならない結果になりそうに思ったりもしますが、リビングルームで悠長にテレビを見て家族団欒する機会がどんどん減ってきているのを悲しくも思うし、ライフステージの大きな変革期が訪れていることも実感しています。

狭くて細いスペースで、上の方からの暖色系の照明があり、手元には白色の照明付きの作り付けの細い作業台で壁に向かって勉強する、といったような書斎兼スタディルームがあれば良いのになあ、などとイメージしています。

ところで、10年程前から言われ始めたことでしょうか、「住宅の内部を完全に仕切らずに、家族それぞれが何をしているか、家族の気配を感じられる家が良い」などと盛んに謳われた一時期もあったように思います。

一方で、かなり昔の話になりますが、建築家の原広司さんが反射性住居のシリーズの時に書籍中などで述べられていたことから理解したこととしては、個室を重要視するという隠れた傾向が1つにはあったように思います。反射性住居のシリーズでは、プライベートな空間は仕切られており、ポストモダニズム風ホールが住宅内部における公共空間の如く住宅中心を貫いていたように思います。

戦後の住宅におけるプライバシーの確立についてのモデルと、現代の住宅における仕切らない方向性のプライバシーへの緩い意識。

昭和の時代の木造家屋においては住宅内部におけるプライバシーの確立は急務だったのかもしれません。家族とて一人一人が独立した人間であるという意識。
現代において、マンションなどの間取りでは個室の独立性はほぼ強制的なものですが、戸建て住宅となると設計によって融通を利かせることができるだろうと思います。
その時に、完全に仕切って家族それぞれのプライバシーを確保する形で行くのか、家族の気配を感じられる家とするのか、それは自分たちで決めなければならないことだし、最初はどちらかに決めたとしても、ライフステージの変化によって、最初のプランを激変せざるを得ないような状況に直面することもあるかもしれない。
人生と住宅は常につながっていて、人生は変化するけれども住宅はもう形が決まってしまっている。住宅を人生にフィットさせるのは大変なことだなあと思っているところです。 

『くうねるところにすむところ 04 家族をつくった家 芦原太郎』を見てみました - Qu'en pensez-vous?

「住居に都市を埋蔵する」 原広司 著 - Qu'en pensez-vous?

本棚にしまえるスツール、ブックニチュア/BOOKNITUREの使い心地 - Qu'en pensez-vous?

夏の屋上生活その2 屋上でできること - Qu'en pensez-vous?

流行の兆しが見え始めているミニビオトープ~初夏の屋上生活 その1~ - Qu'en pensez-vous?

幸せを呼ぶてんとう虫秘話 てんとう虫が現れると害虫が消える~初夏の屋上生活 その2~ - Qu'en pensez-vous? 

隈研吾さんの「場所原論Ⅱ」の序論まで読んで思ったこと - Qu'en pensez-vous?

ル・コルビュジエのピロティから連想するもの - Qu'en pensez-vous?

リビングクローク普及中

最近、住宅関連の冊子を見ていたりすると、リビングクロークなるものの表示を目にすることが多くなりました。
どうやら、テレビ裏に通り抜けられる収納スペースを作るというものらしいです。

いろんな物をリビングクロークに隠してしまって、生活スペースを綺麗に見せるという考え方のようです。

本当に困るのが家の中のごちゃごちゃで、片付けに関する悩みは尽きません。
一日に家の中に新たに入ってくる物に対して、それの3倍くらいの量を片付けるか処分することを持続しなければ家の中は綺麗になりはしないのではないかと思ったりします。

結局考えてみて、リビングクロークなど、そういう物を隠すスペースを確保してしまうと、逆に物を増やしてしまう恐れもあるのではないかと思い至りました。

一番良いのは、とにかく不要な物、必要な物を分けて、大規模な片付けを行ってしまうことではないかと思いました。私は片付けは苦手な方ですが、どうしようも無くなったら真剣に行います。私もそろそろ大片付けを行おうかと考えています。

物を捨てる、持ち物を減らす、シンプルに暮らす、わかっているけどなかなかできない。でもスッキリした家に住みたい。だから物を捨てる!頑張ってやってみます。

森田アルミ工業のオシャレ室内物干しワイヤー「pid4M」という商品を愛用する - Qu'en pensez-vous?

フローリングの床を美しく保ちながら暮らしたい - Qu'en pensez-vous?

〈食洗機推進派〉食器洗い機が無ければ生きていけない - Qu'en pensez-vous?

新津春子さんの『掃除は「ついで」にやりなさい!』を購入しました - Qu'en pensez-vous?

こまごまとしたエクステリア&インテリア系の買い物 - Qu'en pensez-vous?

ML モダンリビングの豪邸特集が面白い - Qu'en pensez-vous?

隈研吾さんの「場所原論Ⅱ」の序論まで読んで思ったこと - Qu'en pensez-vous?

ル・コルビュジエのピロティから連想するもの - Qu'en pensez-vous?

ウインブルドンテニスまもなく決勝戦

錦織圭、大御所フェデラーに敗れはしましたが、健闘したのではないでしょうか。第2セットで気が抜けてしまったようでしたが。
私は第3セット途中でもう就寝してしまいましたが、録画してあるので時間を取って見るつもりです。朝まで試合をリピート放送していたので、勝敗が決まる辺りだけは見ました。錦織圭、最後まで頑張っていました。

でも、2008年にロジャー・フェデラーラファエル・ナダルが破った試合のような、そんなことがあるんじゃないかと今回錦織圭に対して期待しました。
当時、旧ブログを運営していましたが、ラファエル・ナダルウインブルドンで優勝したのをブログ記事にしたことがありますが、ああいう試合になってもおかしくないという期待はありましたね。
いつか強敵に勝ってランク上位に君臨する選手になる、ラファエル・ナダルがそうであったように、錦織圭もそうなってほしい、そんな気持ちでテニス観戦しています。でも、錦織圭は世界ランク7位ですからね、強いには強いと思いますよ。
フェデラーは今回の試合の序盤、錦織の球をぜんぜん打ち返せてなかったですから。ただ、やっぱりテニスって頭脳もあると思いました。試合の展開の仕方。そこがフェデラーの強さなんだなと思った。

ともかく、ノバク・ジョコビッチラファエル・ナダルロジャー・フェデラー、この3人は、本当に強い。もう10年くらいこのメンバーで戦ってるんじゃない?
決勝はノバク・ジョコビッチ×ロジャー・フェデラーということで、これはまた大変。試合が長くなるかもです。それにしてもフェデラーはだいぶ年齢は上がって来たのに強さは衰えませんね~。凄い。アンディ・マレーとか、何でやめちゃったのか不明ですが、若くてもやめる人がいる一方で、ずっと続けてる選手もいるということで、テニスって本当に生涯スポーツなんだなあ。

ところで、ラファエル・ナダルのファミリーボックスにいつもいる美人の女性ってもう10何年位も同じ女性が座ってますが「ガールフレンド」といつも実況の人言ってたように思うんですが、もうそろそろ結婚したのでしょうかね?今回ぜんぜんラファ(ラファエル・ナダル)の試合を見ていないので、実況の人の話が聞けてないので現況不明です。
錦織も決まったガールフレンドがいつもファミリーボックスに座るようになると四大大会優勝するくらいになるんじゃないかと思ってますけど。それとも集中の邪魔になるでしょうか。
今回、錦織圭との対戦試合でフェデラーの妻は相当イライラしてましたね~。フェデラーの妻も最初は、ファミリーボックスにいるのはガールフレンド、と実況の人に呼ばれてました。
ジョコビッチの方は、ファミリーボックスに妻だけでなくご子息が来てることもありましたね。

更に話は変わって、大坂なおみちゃんどうした!?試合は録画してあるけどまだ見てない。
サーシャコーチに今からでも戻って来てもらえばいいのに、と見てる方としては思うけど、ご本人たちが気に入らないとしたら困ったことですねえ・・・。

錦織圭の調子が良さそうです - Qu'en pensez-vous?

冷夏で快適ですが、これから暑くなったら激おこ

今年は冷夏なんでしょうか。

涼しくて助かっていると言えば助かっていますが気持ち悪くもあります。

でも、昔はこのくらいの気温で普通だったんじゃないのかなあ。7月でも28℃くらいで8月30℃超えたら暑いという感じ?
それがここ15~20年くらい32℃とか33℃とかそれくらいが普通になってしまって感覚が狂っているだけなのかも。

実感として特に野菜が高騰しているなどは現時点では感じませんが、店頭に並ぶ野菜がまだ春くらいのラインナップのように見えなくもありませんが。あと、雨が多いせいか、冷蔵庫に野菜を入れていても野菜にカビが生えてきやすいです。

変なのは、バターがまた品薄になっていること(また、というのは2、3年に一度くらいこういうことが起こるように思うので)。バターがまた棚から消えていて供給不足のお知らせが貼られているのを先日見ました。冷夏と関係あるかどうかは不明。

『ナショナルジオグラフィック日本版』2018年6月号よりプラスチックによる海洋汚染について - Qu'en pensez-vous?

乗車時、特に異常は感じなかった - Qu'en pensez-vous?

パリのノートルダム大聖堂 - Qu'en pensez-vous?

錦織圭の調子が良さそうです

本日のウインブルドン錦織圭の試合、期待大です!
準々決勝、ロジャー・フェデラーとの対戦。
錦織はここの所、安定していて調子が良さそうですので、かなりいい試合が期待できるんじゃないでしょうか。

地上波NHKとかでも放送されるはず。
WOWOWだと伊達公子さんのお姿もチラッと見れるのが良いですね。昔の伊達公子ファンとしては嬉しくなります。

フェデラーも錦織も、ユニクロと契約しているので両方共ユニクロウエアかな。

錦織、これまでの試合ではずっと集中できているし冷静だしとても良い感じです。今日もきっといい試合になると思います。楽しみです。

全仏オープン見ています - Qu'en pensez-vous?

ジョコビッチの強さは、グルテンフリー食と修行僧並みの生活習慣から来るのだと知った - Qu'en pensez-vous?

錦織、勝ったのは良かったけど、次、ジョコと対戦なんて見るのが辛い - Qu'en pensez-vous?

ル・コルビュジエのピロティから連想するもの

隈研吾さんの「場所原論Ⅱ」の序論まで読んで思ったこと - Qu'en pensez-vous?

1つ前の記事からの話の続きを別カテゴリーの記事として書き始めたいと思います。

確かに「場所」は重要なことには違いないですが(「場所に力がある」とするアリストテレス的考え方)、それほどまでにル・コルビュジエは酷評されなければならない建築家なのだろうか?というふうには少し思いました。ピロティは大地との切断である、と書いてあります。確かにそう言われてみればそうなりますね。

今回、「場所原論Ⅱ」序論では更に違った側面からのル・コルビュジエ批判がなされていました。本のタイトル通りに、場所性に関する問題だと思うのですが、ピロティは大地との切断である、と書いてあります。確かにそう言われてみればそうなりますね。

隈研吾さんの「場所原論Ⅱ」の序論まで読んで思ったこと - Qu'en pensez-vous?

 

「負ける建築」その他から、隈研吾さんのル・コルビュジエ嫌いについては十分知っていますが、それにしてもここまでこだわるんですか!?と思うほど、「場所原論Ⅱ」序論でもル・コルビュジエ批判が行われていました。

隈研吾さんの「場所原論Ⅱ」の序論まで読んで思ったこと - Qu'en pensez-vous?

しかし少なくともル・コルビュジエは人々がより歓びに満ちた生活を送るための環境の提案に尽くしたという一般論で片付けてしまいたくなるのが我々建築に無関係の一般人の思考ではありますね。

ここで突然、奇妙な話に移りますが、ル・コルビュジエのピロティというと、全く関係のない可笑しな物を思い浮かべてしまうのですが、恥ずかしながらそのことを今回書きたいと思います。
ずっと昔のことです。私が小学生の頃漫画を読んでいたら、こんなものが出てきました。宇宙船が細い脚のようなものを4本伸ばして地上に着陸するシーンがありました。宇宙船の船の底は決して地上に接触することなく、4本の脚が船を支えているため、宇宙船内部にいるエイリアンは、地球滞在中、宇宙船内部を家のようにしてそのまま船の中で生活しています。ヒューマノイド型エイリアンのため、宇宙船内部は人類の住宅のように描写されていました。そして外出の際は、地面に伸びた4本脚と同じ高さの階段が地上に降りて来るのでそれを昇降します。
この4本脚で着陸している住宅のような内部空間を持つ宇宙船と、ル・コルビュジエのピロティを持つ建築とが、私には重なって認識されています。常に頭の中で結びついています。

後に、あの漫画の宇宙船のモデルとなったのは、バックミンスター・フラーダイマクション・ハウスだったのではないかと気が付きました。ただダイマクション・ハウスは4本脚では支えられていませんが、直接地面には接しておらず居住空間がわずかに浮かんでいるようですし、外観が宇宙船のようであるところは似ています。
年代から言っても、ル・コルビュジエバックミンスター・フラーの生存期間は重なっています。同時代には似たようなことを考える人が出て来やすいため、そういったものが発想されるような何らかの時代背景があったのではないかと思えてきます。

更に考えられるのは、ル・コルビュジエはスイス生まれですがフランスで活動したということで、やはりフランスと言えば海洋への親しみ、延いては船への親しみがあったのではないかと想像できます。ル・コルビュジエは人生の終わりを海で迎えたのですから、海好きだったのは間違いないのではないでしょうか。その海にはボートなどのちょっとした船が浮かんでいたはずです。
ル・コルビュジエの建築は、そうした船のイメージなのではないかと私には思えます。

1つ前のブログで出て来たラ・トゥーレット修道院も、船のように見えます。ユニテ・ダビタシオン、サボワ邸など、ピロティが顕著な建築は、船舶か着陸した宇宙船のように見えます。

建築に対するアプローチが違うだけなのではないでしょうか。
場所性(「場所に力がある」とする考え方)や地理学的アプローチとか、そういう考え方ではなくて、宇宙船のように、あるいは航行中の船が寄港した時に陸地に係留するためのロープや錨を下ろす代替としての意味でのピロティなのではないでしょうか。ル・コルビュジエの建築が船のメタファーとしての建築であると仮定した場合、ピロティは、船の係留のためのシンボルであり、陸地へ建築を固定するためのシンボルと成り得るのではないでしょうか。それとも、造船工程を見るなど、そういう経験がもしあったとしたなら、それがピロティ発想のきっかけになるかもしれません。それについては全く不明ですしそんな経験は無いかもしれません。しかし巨大な船舶などは、船底ではなく上の部分だけ見ればほぼ高層建築と見分けがつかない程で、それほどまでに船と建築とは似通った部分を持っていると言うことはできそうに思います。(調べたところ、ル・コルビュジエアジール・フロッタンという難民収容船を設計した経験があるとのことです。)

必ずしもすべての建築が場所性や地理学的アプローチに拠って計画されなければならない強制力はどこにもないわけだから、様々なアプローチの仕方があってもきっと良いのだろう、という風には思います。そもそもル・コルビュジエの時代にはそのような場所の重要性という考え方が無かったのかもしれませんし。
後世の人達が何を選んで行くかが重要な事であって、既存の作品の意味やメッセージは保存されるべきものだと思う。

地理学的アプローチという方法はとらずに、どちらかと言うと、航海する船というよりかは空中を飛行する宇宙船から、気ままに地上のあるポイントを目指して着陸し停泊する。ル・コルビュジエの建築からはそのような視点を私は感じているところです。

隈研吾さんの「場所原論Ⅱ」の序論まで読んで思ったこと - Qu'en pensez-vous?

「集落の教え100」原広司 著 彰国社 - Qu'en pensez-vous?

「集落への旅」 について - Qu'en pensez-vous?

「YET」 HIROSHI HARA から原広司さんの建築理論の普遍性について考える - Qu'en pensez-vous?

『ディスクリート・シティ』 原広司 - Qu'en pensez-vous?

「見えがくれする都市」を読みました - Qu'en pensez-vous?

『建築から都市を、都市から建築を考える』槇文彦 著 聞き手 松隈洋 岩波書店 - Qu'en pensez-vous?

思わぬ場所で建築家バックミンスター・フラーの名前を目にした~THE NORTH FACE Geodome4より~ - Qu'en pensez-vous?

この手の番組が好き:NHKドキュメンタリー海洋アドベンチャー タラ号の大冒険 - Qu'en pensez-vous?

「再発見/ル・コルビュジエの絵画と建築」 林美佐 著 - Qu'en pensez-vous?