Qu'en pensez-vous?

空間について考えます

今回は平和にブログを続けてこられたことを喜ばしく思っています

これで更新を終了します。ブログ休止期間は約1年間の予定ですが、戻らない場合は1年後ブログにまたその旨書きます。
せっかくですのでこの機に、コメント欄を事前承認制で開放してみようかと思います。
これまでコメントを受け付けないことで平穏無事に過ごして来られたのに、何を今更パンドラの箱を開けて、という感じですが、これは予言ですが100%スパムは来ると思います。拒否ります。拒否っても来るでしょうが、何度でも拒否ります。あまりにひどい場合はコメント欄を結局無くすことにすると思います。
旧ブログをやっていた時は、公序良俗に反するコメントが毎日のように来ていました。そういうことをするなと言っても来ると思いますが、IPを記録するなどまた証拠提出に備えつつ、スパマーの出方を見させてもらいます。
 
善良な読者様に対して、管理人が希望しているコメント内容としては、
(1)管理人に撮影して来てほしい建築がある場合教えて下さい。
(2)管理人に書いてほしい話題がある場合教えて下さい。
(3)好きな記事を教えて下さい。
(4)建築関連の話題の他に雑多な記事を書いています。建築のことだけに絞って書くブログにした方が良いか、それとも今まで通り雑多なことを書いた方が良いか、どう思うか教えて下さい。
(5)建築写真を紹介するサイトはいくつかあると思いますが、当ブログはどちらかというと建築理論の方を取り上げ考えることに重きを置いていて、そのようなブログはあまり他に見当たらないのではないかと思います。そのことについてどう思うか教えて下さい。
(6)もっと勉強した上で書けと思われている方がいたとしたら、どのように、何の分野を勉強すべきが言って下さい。
です。
 
困るのは、当ブログを、別に好きでも何ともなく、悪意や嫌悪感を抱きながら見ていた方々からコメントが来た場合、管理人は本当に嫌な気持ちになることが予想されます。
不思議なもので、インターネットのサイトを見る場合、自分が気に入ったサイトを見るよりかは、自分が気に入らなかったり、「何だこの野郎」的な、反発的な気持ちを抱きながら度々決まったサイトを訪れるという奇妙な心理状態の人が多くいるのではないかと思います。
私自身も、インターネットをする時に、決まって巡回するサイトが数か所ほどありますが、そのうちの2つのサイトは、そのサイト管理人に対して、完全に悪意を抱いて見ています。「この人、次、何言うつもりよ」と思いながら、監視するかのような気持ちでサイトを訪れています。2つのうち1つのサイトの管理人に対しては、この管理人完全に頭がおかしい、と思い呆れながら見ています。
今の所、悪意を抱きながら見ているのは2ヵ所だけで、その他数か所のサイトはただ楽しく感心しながら見ています。
とは言え、なぜそんな悪い感情を抱きながらその2つの嫌なサイトを見るかと言ったら、膨大な量のサイトはあるけれども、自分の頭で考えてちゃんと書いているサイトというのはものすごく少ないと思います。内容はともかく賛同できないとしても、少なくともリアリティがあり、実体験から出た言葉だと思えるから見ているという所はあると思います。
 
そんな感じで、自分のブログを見ている人たちが、必ずしも好きで見ているのでなく、気に入らないから返って見ている可能性も高いことは、私はわかっています。
ですので、「このブログの管理人のことが気に入らない」というコメントをわざわざ遠回しに長々と書くのではなく、ハッキリ「嫌いだから見ている」と言ったならば、気に入らない理由を明確に書くべきだと思います。
旧ブログ運営時にあった意見としては、私の書くことが「きれいごと」ばかりなので気に入らないという意見、もう一つは、私の物言いが「断定的」なので気に入らない、という二つの代表的意見があったと思います。
「きれいごと」に関しては、私は、それが良く意味が分からなくて、そうだとしたら私は生まれつき「きれいごと」しか言えないように生まれ付いたので、「きれいごとが嫌だ」という人達は、よほど心が汚れている人たちなんだなあと逆に感心するというか、きれいごとが嫌いな人達は日々一体何を考えて生きているんだろうと本当に謎に思いました。
「断定的」については、自分ではあまり気が付かないんだけれども、例えば、他ブログ(名指しすると英語のタイトルの有名不思議系ブログ)とかで、いろいろ書いて結局結論も提示せずうやむやにするように終わるようなブログがあって、それを読んでいると私なんかはものすごく騙されたような気持になります。何か書くんならやっぱり、ある程度断定的な事を言って話を締めないことにはまとまりも何もしょうがなくない?という気が私はします。
そんなせっかく時間を使って読んでいるのに、うやむやで何が言いたいのかもわからず、ぼんやりしたことしか書かずわかりませんわかりません、なんでしょねえ?なんだったんでしょうねえ?みたいな間延びしたブログを、本当に読みたいのかなあ?と思います。「断定的な物言いが悪い」と思う人がいたとしたら、こうして何か書くんなら、ある程度、話のテーマに対してある一定の断定的結論を設ける必要はあるのではないかと管理人は思っていることを予めここに書いておきます。
旧ブログをやっている時にコメントをずっと受け付けていてわかったことは、ネチネチした男の人が世の中にはたくさんいるということです。男の人って、ものすごくネチネチとしているんですね。女性が書いているとしか思えない文章なのに実は男性だったということが何度かありました。それくらい男の人たちってネチネチしています。そういうコメントはやめてほしいと思います。
さらに、管理人が女だとわかると、すぐさま男の人たちというのは、「自分ならこの低能管理人を言い含められる」と思うらしく、何やら説教じみたコメントを送ってきたり、自分が優位に立とうとしたがります。そういうのも本当に馬鹿らしく思うだけなのでやめてほしいです。旧ブログ運営時のコメント欄で、管理人を怒らせたせいで、管理人はその人を吊るし上げにし、酷い目に遭った人もいます。
 
というわけで、各種トラブル回避のために、基本的にすべてのコメントに対して管理人からの返事はしない予定です。
コメントは、当たり障りの無い内容であれば、確認し次第公開します。ずっと自分がログインしないせいで、コメント公開が遅れることもあるかもしれません。
コメントを受け付けるというだけでも自分としては事件だと思うので、返事をしないとしても十分すごいことだと思います。
急にコメント欄が消えていたらすみません、やっぱり受け付けないことにした、ということになります。様子を見て一度消したコメント欄をまた復活させることもあるかもしれませんが。
今回は突如ブログ記事を全削除して去る事態には陥らず済んだので、このような終了の仕方ができるのは本当に良かったと思っています。
今まで読んで頂きどうもありがとうございました。
読者の皆さん、ありがとう!

隈研吾さんによる、サニーヒルズ・ジャパン ②

サニーヒルズ・ジャパン 隈研吾建築都市設計事務所

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隈研吾さんによる、サニーヒルズ・ジャパン

サニーヒルズ・ジャパン 隈研吾建築都市設計事務所

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南青山にありますパイナップルケーキのお店。

地獄組みによる構築が、パイナップルを模した形となっているようにも見えます。

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「YET」 HIROSHI HARA から原広司さんの建築理論の普遍性について考える

建築家原広司さん関連の記事も、当ブログでは人気があります。
 
建築家の原広司さんの著書はもう何冊もブログ上で取り上げていますが、こちらの「YET」はまだ記事にしていませんでした。実際に建設に至っていない計画段階の建築がメインの作品集となっています。
 
自宅の本棚の取り出しにくい場所に押し込んであったのと、未完の建築=YETということと、この本はいつも書店に行くと置いてあったりするので(メジャーなんだろうなと思い)、すっかり油断して記事にしていませんでした。
しかしブログ休止に入る前に記事にしておこうと今回引っ張り出して来て久しぶりに見ましたが、こんなにたくさん原広司さんの文章が書いてあったんですね。図版や模型写真やスケッチばかりだったと勘違いしていました。図版しかないだろうから、すぐにレビューを書けるだろうと思っていましたが、原広司さんの文章を読み始めたら面白くなってきてしまって、読み込んでしまってなかなか記事が書けません。序章があり、各ページに短いですが空間に関する文章が書いてあり、大変面白いです。
 
でもこれ、未完の建築ですが、このように書籍化されるとそれは確固たる情報となりますから、何となく、他の建築家のプランに既に吸収され取り入れられているような建築もあるように見受けられます(特にSANAAあたりが似た感じのプランをいくつか取り入れているように見えます。偶然似たように見えるだけだったとしたらすみません)。プロの方にとって、こちらの「YET」は良い参考書と成り得ているのかもしれません。
 
その他に原広司さんの書籍で当ブログにて紹介していなかったものとしては「建築に何が可能か」と「住居集合論」ではないかと思います。「住居集合論」は専門書の部類ですが、「建築に何が可能か」は一般人でも読める類の本だと思いますが、何しろ古いので、図書館でもなかなか読めない感じの本だと思います。以前図書館でものすごく出して来てもらって「建築に何が可能か」を読んだことはあります。原広司さんが若い頃に書かれた本ということで、荒々しく刺激的な良い本でした。有孔体とか、閉じた空間に孔を穿つといった話がメインだったように思いますが、「空間<機能から様相へ>」のプロトタイプのような感じでもあったように思います。
 
やはり原広司さんの文章が良いのは、書いていることがまっとうだし、ものすごく人を鼓舞する力を持っていて、計画や構想力次第によっては理想郷や希望的世界が出現可能であるかのように思わせてくれるところがすごいなあと思います。語っていること自体にすごく夢があるというか、夢も希望もない世界ではないと思わせてくれるところがすごいです。
 
一般的に建築論とか、建築というと、マテリアル的な話にどんどんなって行きがちではないかと思いますが、「建築は、ものではなく、出来事である」(「YET」104頁)という原広司さんの有名な一節からもわかるように、原広司さんにおかれては、俯瞰しているスパンが未来に向けても過去に向けてもものすごく長いのではないかと思います。1世紀や2世紀どころか、1000年経っても2000年経っても変わることなく注がれ続ける悠久の時間のうちの、人間という身体性を常に取り巻いている様相的空間やマイクロデュレイションについての考察が重要な要素となっているため、それが普遍性につながることは理解できるのですが、一体そのことの何が、我々に夢や希望を与えることに寄与しているのかな、というのが、少し自分でも謎に思った部分です。
 
「YET」を見ながらそれは一体何なのだろうと考えました。

気になった所に付箋をつけながら読み進めましたので、一部重要そうな個所を抜き書きしてみます。
164頁 空間『空間は、ある領域の現象の総体である。空間の変容の仕方がModalityである。』
166頁 様相『建築は、□(スクエア、必然様相)と◇(ダイヤモンド、可能様相)がつめこまれた魔法の箱である。機械には□だけがつまっている。できることなら、建築には多くの◇がつまっていてほしい。』
169頁 無限流出装置   ・・・長いので省略します。内容は非ず非ず・・・
205頁 記号『記号はものを出来事あるいは現象に転化する手続きである。』
211頁 記号場      ・・・長いので省略します・・・
223頁 場面を待つ    ・・・省略します・・・
227頁 住む場所のない人々・・・省略します・・・
251頁 モデレーター   ・・・長いので省略します・・・
 
一部、「集落の教え100」の目次と重複する項目もあると思いますが、このような感じでいつもの調子で、特に目新しいことは書いてはありません。しかし思うのは、3000年前の人でも、現代に生きる人でも、あと1世紀先の未来の人でも、きっと、建築空間から得る感受性や知覚の仕方はまったく同じなのではないかと思います。例えば暑い日差しの中、木陰に入ると涼しい、あずまやに入ると涼しい、そして快適であって、直射日光が遮られ、程良い光線がきらめくのが美しいなどと思ったりするような感覚、1、2時間外の景色を見ながら過ごしているうちに空の様相が変わってきて様々な光の変化を見ることができて空の色彩が美しかった、などということは、どの時代の人間にも共通していることではないかと思います。
そのようなことを意図して論じているわけでは全くないと思うのですが、有史以前であっても何世紀過ぎようとも、どの時代であろうとも共通して人間が必要とし快適性を得られる根源的空間性について語っている、そういう部分が限りある時間を生きる我々にとって非常に癒しとなる内容と成り得ているのではないかと思われます。われわれが目にしている現象は過去からずっと続いてきて、さらにこの先もずっと続いていくだろう、そうした悠久の自然と自然の恩恵から得られる何物かに我々は希望を見出しているのではないかと思いますし、究極的には、光の変容に対する美的称賛も大きいのではないかと思います。原広司さんの様相論を読んでいると、空の光の変化の様子が頭の中で映像化されてきます。その頭の中のイメージの、自然光線の美しさだけで、人間は希望や癒しを得られるのかもしれません。
そして原広司さんの建築理論を携えて例えば過去にタイムトラベルしたとしても、その時代の素材で、原さんの建築理論に基づいた建築を作ることはできるだろうし、未来にタイムトラベルしたとしても同様のことができるのではないかと思います。時間を超越してもなお有効な理論なのではないかと私には思えます。そのくらい、人間にとって根源的な何物かについて考察されていると思います。「空間<機能から様相へ>」の中では、「人間とは」と問うとダメになるといった感じのことが書いてあったように思いますし、逆に「人間とは」と問うことを禁止し、親自然的建築とか、自然の観測装置とか、様相とか、そうしたことを追求した結果、時空を超えた人間の快適性や根源的空間性に結びついていくことは、大変不思議で大変素晴らしいことだと思いました。

住宅や建築には、開口部、外界に対してどう開くかが最大の問題としてあると思う

世の中には、家は3度目でようやく良い家が作れるとかいう格言?があるらしいですが、確かにそういうものなのかもしれませんが、そんなにお金があるわけがないと思います。
知人にも、家を建てて少し生活してからいろいろ不満が出てきたと大真面目に言っている人がいて、それを聞いてかなり衝撃を受けたこともあります。
 
ひょっとすると、へーベルハウスのそらのまがいいのか吹き抜けがいいのか中庭がいいのかロッジアがいいのか屋上がいいのか迷っている人などもいらっしゃるのではないかと思います。
 
私が何か言える立場では無いとは思うのですが、開口部や採光というのは本当に困った大問題だと思います。
というか、住宅や、建築全般に言えることだと思いますが、どのように外界に対して開くかが最大の問題であって、もう建築の運命とは開口部について考えること、それに尽きるのではないかと最近では思うようになりました。もう一生をかけて考えてもいいくらい重大な問題のように思います。
 
そらのまは、とても魅力的なんだけれど、居住面積が狭くなるということは覚悟しなければならないのかなあと思います。もちろん、十分に広い敷地に建てるなら、そらのまを作ると良いと思うし、囲い型の中庭を作ってもぜんぜん余裕だと思いますが、多くの場合それ程敷地に余裕があるとは思えません。
 
そして、一番困ったことだと思うのは、開口部を大きく取った場合、家に24時間ずっといられるような人は良いのだけれど、家を買ったり建てたりすると、返って家にいられなくなる(ローン返済のため働く)といった、家が建ったという現実と完全に矛盾した出来事が生じることが第一に考えられます。
 
家にいられないのに、大きい開口部があっても本当に困りものです。
仕事がお休みの日や、家族皆が家にいる日など、人の目が多く行き届く場合だけです、その開口部が役に立つのは。
開口部から日差しが当たって気持ちがいいとか、良い空間だとか、そんなことを味わっていられる時間がどのくらいあるのか、それが最大の問題のように思います。
良い空間を作ったところで家にいられなかったり、その空間を見られない時間帯にしか帰って来れなかったり、そういうのって本当に悲惨です。主婦だとしても一日家の中にへばりついていられるわけでもないので、どうしても外出する時には開口部は閉め切ることになるので、空間の素晴らしさなんぞ楽しんでいる余裕などありません。
在宅時間帯に関わりなく素晴らしい空間を享受できる住宅があると本当は良いのではないかなあと思います。
 
自分でも書いていて眠くてわけがわからなくなってきたので、この辺でやめておきますが、他の記事でも書いているように、私は屋上は良いのではないかと思っています。屋上は独立して機能できますし、使う時と使わない時がハッキリしていて管理も楽かもしれないと思います。
平凡なんだけれどロッジアも思ったよりずっと良いのではないかと思います。
 
でもやはり人間とは、実際に空間というものを体験してみないことには実感としてわからないものだと思うので、できるだけ多くの建築空間を体験すべきなのだろうと思います。それによって建築空間に対する感覚も磨かれるのではないかと思います。体験するだけでなく、やはり建築そのものをスケッチすることで、空間体験がより身に付きやすくなるかもしれないと思いました。

夏の屋上生活、夏は夜が格別です

別にへーベルハウスに限ったことではなく、多くのハウスメーカーから屋上ライフが楽しめる設計が提案されていて、屋上生活は最近の流行になりつつあるように思います。
 
ものすごく紹介度が大きいという点ではやはりへーベルハウスホームページ上にあります屋上アウトドアライフを楽しむ、ROOFTOPの紹介サイトはいつ見てもとても興味深く楽しんで見られるものだと思います。
 
真夏の屋上なんてちょっとでもいたら焦げてしまう暑さでしょという感じで、真夏に屋上なんて出るわけない、灼熱地獄、と思う方もいらっしゃるかと思いますが、これが新発見!なんと、清少納言の「枕草子」にあるように、「夏は夜。」だと思いました。清少納言すごいですね~。ズバリ当たってます。
 
昼間は暑くても、夜になると陽が照らない分涼しいので居られます。そんな中、屋上にホットプレートを持ち出していろいろ作って食事を楽しむとかすごく良いですね。夜景も楽しめます。高層マンション群の明かりなど見渡したり、月を見たりしているうちに、生暖かい風が吹いてきたりして夏の夜って清少納言が言うようにとても風情があるものなのですね。
虫には気を付けないといけないかもしれません。蚊に刺されないようになど。
 
現在、へーベルハウスの屋上アウトドアライフを楽しむの紹介ページを見て思案しているのは、照明の手段です。写真では、凝った感じにライトアップされていて、本当に綺麗です。どのようにすればこんな風にライトアップできるのかなと考えを巡らせている最中です。
 
屋上から花火なんかが見えたりすると最高です。

バク転をきめるブリトニー・スピアーズ、その筋力維持のためのワークアウト動画など

ブリトニー・スピアーズの今と昔、こんなに変わった~VMAステージ映像から~ - Qu'en pensez-vous?

↑こちらの記事が人気なので、更にブリトニー・スピアーズについての記事を追加したいと思います。
 
ブリトニー・スピアーズは、You Tube総再生30億回という驚異的記録を持っているようですね。いつも公式MVの下に出ている再生回数の数字の大きさには驚かされますが、それほど再生回数は多くなくても興味深い動画はあるもので、本日は、公式MV以外の少し変わり種のブリトニー・スピアーズ動画を集めてみました。
 
東京公演で聴いて以来、古い曲なのだけれど「Touch Of My Hand」が耳に残って、You Tubeでいろいろ「Touch Of My Hand」関連動画を見ている時にこちらに行き当たりました。↓

www.youtube.com

ブリトニー・スピアーズがダンサーの補助付きでバク転するのを集めた映像。↑
ブリトニー・スピアーズは、16歳でデビューした時から「バク転ができる」「体を動かすことが好き」という売り出し方だったので、最初から補助無しでバク転できる人なんだけれど、ヒールが高い上にステージの花道上だからという理由で補助付きなのかな?他の動画では、砂浜で前方宙返りしてるのとかもありました。
個人的には、↑この動画の最初の静止画で、ブリトニー・スピアーズが水平に横たわった状態でダンサーに担がれているシーンに感嘆しています。東京公演でも、この水平寝で担がれる場面が2回くらいありましたが、すごく綺麗だったし曲芸的で「素晴らしい!」と、すごく心に残っています。
 
歌って踊れる歌手が激減する中、ブリトニー・スピアーズ現代の音楽業界でも未だに異彩を放ち続けていると思います。あんなにすごいパフォーマンスができるなんて、どんなにトレーニングしているんだろう、と気になりませんか?
その秘密がこちら。↓
ブリトニー・スピアーズのワークアウト集。すごく筋トレしてます。↓
ブリトニー・スピアーズの公式Twitterでも、ワークアウトの様子が見れます。私は6月26日付のブリトニー・スピアーズツイッターのトレーニング映像が好きです。バランスボールの上で上体起こししているのはすごく参考になる。その次の、ヨガマットの上でやってる運動も良いですね~。真似したいです。
 
私もかつて、筋トレに熱中していた時期があってものすごく運動してました。その時筋肉を付けたおかげで今太らないでいられるんだと思いますが、最近運動していないので人間ドックに行くとものすごく怒られます。「どうして運動やめちゃったの?」って感じで。
運動は体に良いだけでなく、精神衛生上とても良い作用があると聞きます。激し過ぎるのは良くないらしいですが中程度の運動をしていれば健康でいられるようです。
私は本当なら、一日丸々本当に好きなことをして丸っきり自由に過ごしていいよ、と言われたら、筋トレしたり、走ったりしたい、と答えると思います。自由に生きていいんなら毎日運動して過ごしたいです。(チームプレーのような競技は大の運動音痴のため苦手なので、筋トレとか走ったりの持久力や体力作り系のパーソナルな運動が好きです)
でもそれが、すべきことがあるのにそんなことに現を抜かしてはいられないとか、そんなことしていたら家の中が滅茶苦茶になるとか、運動ばかりしていたら頭の中がカラッポになるとか、どうしても時間が足りない、とかいろいろ考えてしまうので、好きなことをセーブしてしまっています。要するに私の価値観の中では、運動って遊びの1つなんですよね。運動して過ごせる人生を送ってみたい。
時間節約のために、これまではなるべく家で運動するように心がけていましたが、近隣に何軒もトレーニングできる施設があるので、お金を払って行ってみるのも良いかもしれません。マシーンが使えるのが良いかも。マシーンで運動していたのはもうかなり昔のことだな~。
 
3つ目の動画は、無難に楽曲で締めます。
↓こちらは、最新シングル「スランバー・パーティ」のラスベガスでのステージの様子。フィーチャリングのティナーシェも登場し華やか。「スランバー・パーティ」(パジャマ・パーティ)の衣装では、ガウンを羽織るのがお約束。こちらの動画も観客の声援がすごいですね~。
他にも、今年のブリトニー・スピアーズアジアツアーの動画が大量にYou Tubeに挙がってます。ファイナルのテルアビブ公演とかすごく良いです。見切れないほどたくさんあります。ブリトニー・スピアーズの動画だけで一生楽しめそう。